■20060731(月)
アンハッピー
|
| 老犬ハッピーは今年13才。 柴犬系の雑種で中型の体はぷよぷよと丸っこい。 見た目もかわいいが性格もよく、人なつこくてとても利口だ。 普段は家の庭で放し飼いにされている。 しかしその庭には柵がない。 でも逃げ出したりしない。 利口なハッピーは世の中のことがよくわかっているのだ。 そんな利口なハッピーもやはり犬。 犬も歩けば棒に当たる。 それは今朝の出来事だった。 車をバックで出すこと数秒、犬の悲鳴にびっくりしたおれは思わず急ブレーキを踏んだ。 バックミラーに写る、足をひきずりながら家を目指して逃げていく犬、それはまぎれもなくハッピーだった。 おれは急いで車を下りるとハッピーを追った。 彼は自分の家の玄関の扉に向かって苦しそうに叫んでいた。 たぶん、中に入れてくれ、車に足を踏まれたから見ておくれ、と飼い主に訴えているのだろう。 それならおれが行って玄関のチャイムを押してあげれば話しは早いのだが、どうもその一歩が踏み出せない。 なぜなら今近づけばいくら利口で人なつこいハッピーと言えども怒り心頭で牙を剥くかもしれない、ましてやおれはハッピーの足を車で踏ん付けた張本人なのだから。 びびったおれは仕方なく遠くからハッピーに謝った。 すまん、ハッピー、許しておくれ‥。 そして家に戻ってハッピーの飼い主に電話をかけて謝罪した。 飼い主は怒るどころかこう言った。 いえいえ、放し飼いにしているうちが悪いのですから気にしないでください、実は最近ハッピーも歳相応にぼけてきて徘徊癖がつきまして、鎖しなくちゃいけないねって話していたんです‥こちらこそどおもすいません。 と言う訳で無罪放免に済んだおれはホっとした反面申し訳なさ反面で複雑な思いのままに仕事へ出かけた。 そして仕事を終えて帰ってきてからハッピーの様子を伺うため飼い主に電話をすると足は元通りなんともないからもう気にしないでくださいと言う。 じゃあよかったですと言ったおれはハッピーにもう一度謝り、ついでに頭でも撫でて仲直りしようと思い、ハッピーの家に出かけた。 ハッピーはいつものように庭でごろごろしている。 おれが近づくとぱっと立ちあがってこちらを向いた。 かわいいハッピー、今朝は悪かったね。 そう言ってかけよって頭を撫でるだけなのにもう一歩が踏み出せない。 いつもならおれが近づけばしっぽをふってうれしそうな顔をするのにうなだれたままのしっぽがどうも気になる。 おれは犬に聞いた。 ねえハッピー、もう気にしていないなら頭を撫でさせてもらってもいいかな? しかしハッピーはこちらを見つめたまま表情ひとつ変えずに黙りこくっている。 ハッピー‥ そのまましばらく見つめ合ったおれたちはもう昔のようには戻れないことを悟るとくるりと回れ右してそれぞれの家に戻った。 いや、ハッピーはもとからそこに居たけども。 と、こうしておれとハッピーの間には深い溝ができてしまった。 この溝はいつか埋めることができるのだろうか‥。 | | |